“ドイツ ドレスデントラム博物館” |
ドイツ東部、ザクセン州の州都ドレスデンは、エルベ川のフィレンツェと称えられる美しい古都であるとともに交通の要所。旧東ドイツの街で地下鉄があるのは、首都ベルリンだけ。人口55万人のこの街には地下鉄は無く、公共交通機関の主力はトラム。その軌間は標準軌より15mm広い1450mmで、路線網の総延長は130km。LRTと呼ばれる部分低床の連接車が、市内を縦横にかけ抜け、一部の路線は郊外まで延びています。
市内には、そのトラムの歴史を伝えるトラム博物館があるけど、ボランティアベースの運営のためか開館は月に1回程度。前回のドレスデン訪問時にはスケジュールが合わなかったので、出直してきました。
▲ ドレスデン中央駅
現役のトラムの車庫に一部を活用したトラム博物館へは、ドレスデン中央駅前から3番のトラム。宿泊しているホテル最寄りの、中央駅北の停留所から乗車。
▲ 中央駅北の停留所から3番のトラムに乗車
トラムはエルベ川に架かる橋を渡り、20分ほどでトラフェンベルガー広場に到着。交差点から車庫に向かって分岐線が延びています。
▲ トラフェンベルガー広場で下車
その先にある、トラムのトラフェンベルグ車庫。道路に沿ったレンガ造りの建物に、トラム博物館の黄色い看板がかかっているけど、車庫の門扉には入り口はむこうの矢印。
▲ トラフェンベルグ車庫の一角にトラム博物館
前を歩くのは、同じ3番のトラムから下車した老夫婦。後についていくと、入り口はこちらの看板。
▲ 入り口はここ 赤いレンガがトラム博物館
入場券を買って、扉の向こうにトラムが並ぶ展示館に入ろうとすると、制服の係員がちょっと待てと制止。ガイドツアーで見学することになっているらしい。運転士のOBの方でしょうか、先ほどの老夫婦と一緒に3人でついていきます。
トラム博物館の開館は、東西ドイツ統一後の1992年。ここには39両のトラムの他、業務用の車両が保存展示され、その大半は動態保存で、博物館内から線路のつながる営業路線へ出て行き、ドレスデン市内を歴史的な車両が走行できるのだとか。
▲ 館内はガイドツアーで見学
まずは、オープンデッキで2軸の電動車の309号に案内されて車内へ。それぞれの車両のことを、時間をかけて詳しく説明してくれるもののドイツ語だけ。一通り説明が終わると、老人がいろいろと質問をして制服氏とやりとりしているけど、全く理解できず。見学者が私一人だけでなくてホントによかった。
▲ 一番古い1902年製の309号
後ほど、隣接する建屋内にある検修庫に案内されたとき、先ほど展示館の奥で乗った309号がタトラカーの後押しで移動してきました。
▲ タトラカーに押されて検修庫に移動してきた
309号はピットの上に停車。タトラカーは戻っていきます。この場所の方が広くて撮影には好都合。
ドレスデンのトラムは、1872年に馬車軌道として開通。初めて電車が走ったのが1893年。その後10年かけて1903年に全線の電化が完成。309号は、路線の電化工事が進行中だった1902年に、ドレスデントラムの工場で製造した、この博物館で一番古い車両。
▲ 309号をピットの上に留置
側面に優雅な4連のアーチ形窓を持つダブルルーフの木造車。新造時のモーター出力は16.2kW×2と小さかったが、今は37.5kW×2を装備。運転席に窓の取り付けや乗降口にドアの装備、ヘッドライトの正面下部への移設や機器類の換装などの改造を重ねて、1965年まで運行。
1960年代末の改修で、車体は1920年代の赤と白に塗分け、当時のスタイルに復元。正面の屋根上には、ヘッドライトと行き先表示に丸い系統番号を装備。集電装置はパンタグラフを上げているが、オリジナルはビューゲルを装備。
▲ 上辺が曲線になった優美な側窓
運転台には、後年に換装されたAEGの直接制御器とハンドブレーキ。309号をはじめ大半の車両は動態保存車で、博物館のホームページでは車両ごとに貸し切り運行の料金を明示。20世紀初めの登場時に比べ、機器を交換して性能をアップしており、営業車のダイヤを乱すことなく、市内のトラムの一般路線を運行することができるのでしょう。
▲ 運転台の制御器とハンドブレーキ
車内は木製のロングシート。二段屋根の明かり窓を兼ねた通気口の下部からぶら下がる、吊革の形状が珍しい。
▲ 木製ロングシートの車内
1911年にドレスデントラムの工場で製造した、2軸の付随車87号。309号より新しい世代の車両で、ダブルルーフの木造車体の側面には、上部の角にRのある大きな3枚窓。
▲ 2番目に歴史のある1911年製の付随車87号
正面に窓の取り付けや、乗降口へのドアの設置などの改造を受けて使用されてきたが、1970年ごろに事業用の車両として残っていた一番古い付随車だったことから、上の309号の連結相手に選ばれて当初のスタイルに復元。
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▲ 87号の側面
車内は4人がけと2人がけのボックスシートのため、デッキと室内を仕切る扉を片方に寄せて設置。天井の室内灯が中央の二段屋根の部分に加え、両サイドの一段屋根の下にも取り付け。
ネット上で、2017年にトラム博物館の25周年を記念して、市内をパレードする多くの動態保存車の先頭に立つ、309+87編成の写真を見つけました。
▲ 車内はボックスシート
ダブルルーフで2軸車の電動車598号は、87号と同じ1911年にドレスデントラムの工場で製造。1926年頃にヘッドライトを正面下部に移設、1931年頃に正面に縦長の7枚窓を設置。ワイパーを取り付けた中央の窓の向かって左側だけ、横にスライドして開けることのできる構造。出入り口扉の取り付けやモーターの換装も行われ、1970年頃からは入れ換え用の牽引車として使用。2006年に、クリーム色に窓下に緑のラインの1930年代の姿に復元。ビューゲルになった集電装置から通電して照明は点灯しているものの、598号は自走はできないそうです。
▲ 2番目に歴史のある1911年製の598号
2軸の電動車734号は、1913年にダブルルーフの木造車としてWaggon und Maschinenbau AGが製造。1920年頃にモーターを30.2kW×2から37.5kW×2へ換装。1929年にはヘッドライトを下方へ、抵抗器を屋根上へ移設するとともに制御器を換装。1956年に正面窓の中央部分の大型化や、乗降口にスライドドアを設置。
路線の終点に方向転換のためのループ線が整備されると、1966年の近代化改造時には片運転台片側扉化、レールブレーキの取り付けが行われています。クリーム色にチョコレート色の帯が3本は、1940年代からから戦後の東ドイツ時代まで続く塗色です。
▲ 1913年製の734号
運転席にはAEGの直接制御器を設置。右側にはハンドブレーキ。電気ブレーキ常用と思いますが、足元のペダルやレバーどう扱うのでしょうか。
▲ 734号の運転席
車内は2人と4人のボックスシート。照明を中央一列の蛍光灯化して、両サイドの天井に白熱灯のグローブを撤去した丸い跡が残るものの、古風な吊革など、近代化改造時に内装には余り手を加えていないように見受けます。
▲ 734号の車内はボックスシート
734号に連結している2軸の付随車1135号は、1918年にドレスデントラムの工場で製造。電動車として計画されたものの、ドイツが敗戦国となった第一次世界大戦中で、電装品の入手が困難なことから付随車として就役。その後も大きな改造はなく、今は1930年代の塗色をまとっています。
▲ 1918年製の付随車1135号
車内は2人と4人のボックスシート。両サイドの天井に白熱灯があり、吊革の形状が連結相手の734号と微妙に異なります。
▲ 1135号の車内はボックスシート
屋根がシングルになった2軸の付随車1029号は、1925年に Gottfried Lindner Waggonbau AG で製造。1966年に片側のドアを埋めて、乗降は進行方向右側のみに改造。同じ時期に片運転台片側扉化された734号と連結して運行するのが本来の姿らしい。
▲ 1925年製の付随車1029号
車内はセミクロスシート。出入り口付近のロングシートと2人のボックスシートの部分に、天井からぶら下がる波形の吊革の形状が珍しい。
▲ 1029号の車内はセミクロスシート
デッキに“Zahlbox ↓”の表示。意味は“支払い箱”で、券売機らしい。
▲ 後部デッキに券売機
上の734号と同型の2軸電動車765号は、1920年にドレスデントラムの工場で製造。1958年に正面窓の中央部分を大型化して、乗降口にスライドドアを設置。734号のような片運転台や片側扉化を兼ねた近代化改造は実施されず、1975年から牽引車として使用。グレーにオレンジの帯は、この時の業務用車両の塗色と思われ、現状は動態に復元する改修工事待ち。
▲ 1920年製の765号
ダブルルーフで2軸車の電動車937号は、1927年にドレスデントラムの工場で製造。598号と同じ型式で、黄色と白は1920年代末から1930年代初め頃の塗色。1967年の廃車後も動態保存され、訪問時は検修庫で整備中。
▲ 1927年製の937号機
運転台の直接制御器はカバーが取り外されていて、内部の接点がよくわかります。右にあるのはハンドブレーキ。
▲ 937号の運転台
整備中の車内は、4人と2人のボックスシート。
▲ 937号の車内はボックスシート
急カーブへの対応なのか、先頭部分が大きく絞られた鋼製車体の電動車1716号は、1932年にLinke- Hofmann-Busch AGで製造。この時代には珍しくボギー車で、モーターは55kW×4の大出力。戦後の東ドイツ時代、1950年代の前半のオーバーホール時にヘッドライトやブレーキランプ用に低電圧回路を設け、室内灯も蛍光灯化。
▲ 1931年製のボギー車1716号
戦後のオーバーホール時に、レールブレーキを備えたローラーベアリングの新型のボギー台車に履き替え。
▲ 1716号のボギー台車
扉で仕切られた運転室が独立していて、運転士用の椅子を設置。新造時から制御器のハンドルがなく、押しボタン操作による自動加速と足踏みペダルによるブレーキを装備。
▲ 1716号の運転席
車内は、出入り口付近がロングシート、中央部に2人がけと4人がけのボックスシートを配置。座席は1人ずつ分かれ、鉄パイプ製の枠に革張りだったものを、戦後のオーバーホール時に合成皮革に張り替え。出入り口付近のロングシートと、2人がけのボックスシートの部分に、天井から波形の吊革がぶら下がる。
▲ 1716号の車内はセミクロスシート
電動車1716号と付随車1314号の連結面には、何本ものケーブルが渡されています。
▲ 1716号と1314号の連結面
鋼製車体の2軸の付随車1314号は、1929年に Christoph & Unmack で製造。
▲ 1929年製の付随車1314号
車内は連結相手の1716号と同様のセミクロスシートだが、こちらの材質は木製。同じ吊革がぶら下がり、室内灯は蛍光灯。
▲ 1314号の車内はセミクロスシート
同形態の先端が尖った車体で、ボギー車1716号の広い側窓が6枚に対して、側窓を4枚にして車体を短縮した2軸の電動車1820号は、ボギー車より新しく1938年に Waggon- und Maschinenfabrik で閑散線区向けに製造。出力は55kW×2。1972年まで運行。
▲ 1938年製の1820号
運転室の配置は、ボギー車1716号とほぼ同じ。運転は、押しボタンによる加速とペダルによるブレーキの操作。
▲ 1820号の運転席
車内は鉄パイプ枠にクッションを取り付けたシートで、通路をはさんで1人がけと2人がけ。両運転台、両側扉にもかかわらず、全席同じ方向に固定。1人がけの側だけに、天井に波形の吊革を取り付け。
▲ 1820号の車内は片方向に揃ったクロスシート
検修庫で整備中の2軸の付随車1219号は、1925年にドレスデンとラムの工場で製造した、上の2019号と同型車。
▲ 1925年製の付随車1219号
1939年に1820号と連結運転するための改造を受け、車輪径が小さく軸受の下に重ね板バネのある変わった構造の台車と換装。
▲ 軸箱の下に板バネの軸バネがある台車