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シドニーのO型ボギー車805号は、1908年から1914年に626両も製造されたうちの1両で1909年製。1958年まで稼働し、シドニーの中心部にあり科学技術と芸術を展示するパワーハウス博物館が所有して、トラム博物館が借用している車両です。同時期に製造の、K型2軸車の車体を延長したようなタイプで、前後に巻揚げカーテンの付いた2室ずつのオープンのコンパートメント、中央部に両開きドアのある4室のコンパートメントを配置しています。連結運転が可能で正面の窓下、方向幕の上にある丸いのが総括制御用のジャンパ栓。 動態保存で特別なイベント時のみ稼働。

▲ シドニーのO型805号はパワーハウスミュージアムからの借用車

シドニーのK型2軸車は1913年製。シドニー最後の2軸車として、1956年まで運行しました。

▲ シドニーのK型1296号

ドアのあるコンパートメントが2室。ドアの無いコンパートメント2室には、雨天の時に降ろすのでしょうか、巻き上げ式のカーテンを装備しています。前後は運転士の後ろには座席もあるオープンデッキ。

▲ オープンのコンパートメントにはカーテンを装備

シドニー以外のオーストラリア他都市のトラムもいます。1908年製の2軸車12号はメルボルンのトラムで、1930年代にバララットに移籍。虎縞の正面は、バララットの塗色です。 動態保存で特別なイベント時のみ稼働。

▲ 1915年製バララットのトラム12号

車体の前後はオープンデッキで窓にガラスのない客室に木製のロングシート。ドアで仕切られた中央部は床が一段高くなり、窓にガラスが入ってクッションのあるロングシートなので、ここは1等室だったのかなと想像します。

▲ 両端が窓ガラスなし中央が窓ガラス入りの客室

シドニーのLP型ボギー車154号は、1900年に393号と同型のF型として製造され、1926年に更新(車体新造?)でLP型になり、1949年まで運行しまました。 方向幕が正面窓上に移行。動態保存車。

▲ シドニーのLP型154号

車内は通路がなく、7室のコンパートメントが並びます。

▲ コンパートメントになった車内

側面の屋根にも方向幕。窓にSMOKINGの表示があるので、喫煙室と禁煙室に分けていたのでしょう。

▲ 喫煙室があったらしい

シドニーのR1型ボギー車1979号は1936年製。R1型は第二次世界大戦中に55両、戦後に100両が製造された大型車で、1961年の全線廃止まで残ったシドニーのトラムの主力車 で動態保存。トラム博物館は動態保存車も含め多くのR1型を保有しています。

▲ シドニーのR1型1979号

運転席には直接式の制御器とエアブレーキ、ハンドブレーキのハンドル。

▲ 1979号の運転席

車内には、転換式のクロスシートを備えています。天井に渡した紐から下がる吊手は、これを引いて停車の合図をするのでしょう。並行して、白い握り棒を設けています。

▲ 1979号の車内は転換式クロスシート

パーテーションで通行止めになった奥にもレストア中で非公開の車両が。1920年代に製造されたシドニーのP型ボギー車でしょうか。

▲ パーテーションの向こうに非公開の車両が

コンパートメントが8つ。窓にSMOKINGの表示があるので、喫煙と禁煙に分けていたのでしょう。その向こうにも同型らしき車両がもう1両。

▲ コンパートメントタイプで窓に喫煙の表示

パーテーションの奥にレストアを待つ車両が530号と同型がもう1両。オープンデッキにコンパートメントタイプの客室があるシドニーのE型。1903年製の2軸車です。

▲ パーテーションの向こうにレストア待ちの車両

その隣にもレストア待ちの車両。塗色は違うけどシドニーのR1型でしょう。

▲ これもレストア待ち

 

作業用の車両や特殊車両

一般の乗客が乗れない作業用の車両や特殊車両も保存展示されています。

1899年製のD型2軸車112号を1930年に線路のクリーニングカー(スクラバーカー)に改造して134s号に改番。車輪の間には、研磨剤のカーボランダムのブロックを取り付け。600V危険の表示がある金網を張った部屋には、複数の黒い箱を搭載しています。1961年に博物館入りした後、1978から1979年と1983年の鉄道路線開業前や1997年のライトレール(LRT)開業前に、現役に復帰して活躍したのだとか。2019年末にもLRTの新路線が開業してるけど、この時は出番がなかったのかな。

▲ 1899年製のD型112号を改造したレールクリーニング用作業車(スクラバーカー)134s号

貨物用ボギー車24s号は1903年製。1948年まで、業務用の機械や部品の輸送に使われました。2017年に動態復元。

▲ 業務用車両24s号

24s号が履くのは、車輪径の大きく異なるマキシマム台車。ステップでよく見えないものの、同世代の旅客用の車両にもこのタイプが多いようです。日本では、大阪市電の保存車で見かけたような。

▲ 24s号は車輪径の大きく異なるマキシマム台車を履く

1909年製のボギー車948号には、片方の側面に窓がありません。これは1949年まで囚人の輸送に使われた、世界で唯一の刑務所トラムで、線路は拘置所の中まで引き込まれていたのだとか。

▲ 独房のある側面には窓がない刑務所トラム948号

車内は片側廊下で、外に面して金網を張った6個所の側窓があり、引き戸の付いた6室の独房が並んでいます。

▲ 片側廊下で窓と独房には金網

1920年製の2軸車3号は手前に回転砥石を持ち、変形したり波打ったり、溶接個所を修正するレール研磨車。1920年代に5両製造されたうちの2号車で、1935年にニューキャッスルのトラムに移籍した後、1950年の廃線でシドニーに戻り、1958年にメルボルンのトラムに売却。それまでは両端がオープンで運転席側にはキャンバスをかけていただけだったものが、メルボルンで一端に密閉式のキャビンを取り付けて3号に改番。1971年にシドニーに戻って博物館入りした後も、ニュージーランドはオークランドの交通博物館に行き、メルボルンの姿でレストアされてシドニーに戻り、今に至るという流転の人生。

▲ 1920年製のレール研磨車3号

連結器が付いて電車に牽引される台車の上にガスボンベが10本。GRASS BURNING IN PROGRESS の標記があるので、走りながら線路に生えた雑草を焼却していく車両のようです。

▲ 線路に生えた草の焼却車

頭部がカットされた三角錐に2軸の車輪を取り付けたカウンターウエイト(釣合い重り)のダミーは、1000分の121の急勾配路線の道路の下、地中に施設したトンネル内の線路上の釣合い重りと、電車の後部に連結したこのダミーとをケーブルで繋ぎ、ケーブルカーの原理で電車を丘の上まで安全に押し上げるシステム。1903年の開通から1955年の当該急勾配路線の廃止まで使われたとか。

イタリアのトリエステのトラムでは、カウンターウエイトを使わずに、2台のケーブルカーでつるべ式にトラムを上下するシステムが現役です。

▲ 急勾配を上り下りするトラムを支えたケーブルカーのシステム

 


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