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メルボルン3日目は市の東部へ、丘陵地帯を走る蒸気機関車の牽く観光列車、パッフィンビリー鉄道に乗りに行くことに。時間に余裕をもってホテルをチェックアウト、フロントに荷物を預け、トラムでフリンダースストリート駅へ。
▲ フリンダースストリート駅
放射状に延びるメトロの路線の中から、ベルグレーヴ線の終点、ベルグレーヴ行きに乗車。ホームの行き先と停車駅案内を見ると、次のリッチモンドに停車した後、横線表示の5駅を通過するらしい。
▲ ベルグレーヴ行きのメトロ
入線してきた電車は、アルストームのX' Transplis シリーズ。2002年から増備が続いていて、訪問時点ではメトロの中で一番新しい型式。アルミ車体でしょうか、この型式だけはきちんと塗装されています。車内は4人のボックス席と2人席の組み合わせ。通路は広いけど、吊革の数がこの程度でいいのなら、混雑しないのでしょうね。
▲ メトロの車内
ドアの前後のロングシートは、プライオリティーシート(シルバーシート)となっています。ドア付近の天井近くに設けた、つかみ棒の形状が面白い。
▲ ドア付近はシルバーシート
貫通路上のLED表示に、LIMITED EXPRESS の文字。えっ、メトロの特急? 降りるのは終点だからまぁいいけど。
▲ LIMITED EXPRESS
何駅か通過すると、各駅停車の表示に変更。LIMITED EXPRESS は急行より上のクラスの特急を表す日本と違って、その意味の通り限定された急行、途中から先は各駅停車になる区間急行のことだったようです。
▲ 途中から各駅停車に
フリンダースストリートから40km余り、1時間ほどでメトロの終点ベルグレーヴに到着。
▲ 終点ベルグレーヴに到着
ICカードの Myki をホーム上の読み取り機にタッチ。ホームの先に裏口があり、ここから駅の外へ。
▲ ホームの先に小さな出口
細い道が続き、看板には汽車のマークと Puffing Billy の文字。Puffing Billy とは、英国で旅客列車を牽いた、スチーブンソンのロケット号から遡ること15年。1814年にウィリアムヘドリーが製作した最初の実用的な蒸気機関車で、ビクトリア州鉄道が、これから名前をもらったものと思われます。ドイツミュンヘンのドイツ博物館交通センター分館に展示されていた、パッフィンビリーのレプリカはこちら。
▲ パッフィンビリー鉄道はこの道の先
そのまま歩いていくと、前方にナローゲージ(狭軌)の小さな客車が見えてきます。日本でも1970年代頃までは、こんな客車をディーゼル機関車が牽引する軽便鉄道が残っていました。
▲ 小さな客車が並んでる
駅のホームを上から見下ろす場所に出ました。既に客車が入線中。パッフィンビリーの愛称で呼ばれるヴィクトリア州鉄道の狭軌線は、ダンデノン丘陵の森林地帯の住民や農産物、木材、家畜などの運搬のために1900年に開通した、線路幅762mmの軽便鉄道。広軌線のアッパーファーリンツリーガリー駅からジェムブルックを結んでいたが、1953年にメイジーズクリーク駅の手前で発生した地滑りによる被災で、1954年に一旦は廃線に。
1955年にパッフィンビリー保存会が設立され、同年にアッパーファーリンツリーガリーとベルグレーヴ間で、保存鉄道として週末にパッフィンビリー鉄道の運行を再開。1958年に同区間の広軌電化工事のために運行を休止。1962年から広軌で延長されたメトロの終点、ベルグレーヴに始発駅を移して、地滑り個所を迂回して狭軌路線を復旧し、段階的にパッフィンビリー鉄道の運行を再開。
1977年からエメラルドツーリスト鉄道委員会が、ビクトリア州鉄道から所有権と運営を引き継ぎ、現在は保存鉄道としてクリスマスの12月25日を除き、原則として蒸気機関車を使用して通年運行しています。300人以上のボランティアで運営ということになっているけど、規模が大きく、数十人の有給の職員を雇用しているとのこと。
▲ 眼下に駅のプラットホーム
パッフィンビリー鉄道の始発、ベルグレーヴにはこんな立派な駅舎。朝は始発の1時間近く前に着いたけど、既に観光客が集まり始めていました。この鉄道は Myki に対応せず、窓口で切符を購入します。駅舎の写真は帰路に撮ったものです。
▲ パッフィンビリー鉄道のベルグレーヴ駅
春から秋まで、2018年10月から2019年4月までのパンフレットでは、通常期はベルグレーヴ発10:30から14:30まで4往復のうち11:30発だけが終点のジェムブルック行きで、他の3本は途中のレイクサイドで折り返し。一部の土日には、4本ともレイクサイド止まりの日程もあり。12月中旬から1月下旬までの夏のハイシーズンは午後にレイクサイド行きが1本増発され5往復に。クリスマスから年始のピークシーズンは6本運行で、始発が9:50に繰り上がり、この列車と午後のもう1本がジェムブルックまで行き、他の4本がレイクサイド折り返しのダイヤ 。
ホームの入口には、“TOUR GROUPS、旅游团↓”と“REGULAR TICKETS 车票乗客入口↑”の表示が出ていて、団体客と一般客で乗車位置を分けているようです。
▲ 始発の列車はホームの先に停車中
訪問日は1月3日で、1日6往復のピーク時ダイヤ。駅から徒歩で10分程度のところに木造の橋があり、ここで9:50の始発列車を撮ってから10:30の2番列車でメンジーズクリークまで約6km、30分間乗車し、レイクサイドで折り返してくる1時間20分後の列車で戻ろうと計画して切符を買おうとしたら、窓口の女性の発した言葉は“売り切れ!” 団体客用に旅行会社に買い占められたのかと思ったけど、この列車の終点レイクサイドまでなら発券できるとのこと。何故短距離は乗せないの?
▲ 荷物用の秤でしょうか
2番列車でレイクサイドまで行くと、すぐに折り返しになるので、木造橋での撮影は諦め1番列車でレイクサイド往復のチケットを購入。13.6kmに1時間50分から2時間かけ、往復運賃AU$59(約4,700円)とそこそこいい値段。1番列車はホームの前方、一般客用の乗車位置に停車しているので、この列車には団体客は乗らないのでしょう。
▲ ホームの前方に停車中の列車
しばらくすると、機関庫からチョコレート色の蒸気機関車が出てきました。
▲ 機関庫から蒸気機関車が出てきた
ディーゼル機関車も待機しています。機関士が乗っているので、駅構内の客車の入れ換え等に使用しているのかもしれません。3両のディーゼル機関車を所有していて、このDH59号はオーストラリア大陸の北東部、ブリスベンやケアンズのあるクイーンズ州鉄道が1970年に導入した軌間1067mm、狭軌の液体式ディーゼル機関車。地元のWalkers社製で軸配置BB、キャタピラ製347kWのエンジンを搭載。1994年の廃車後にパッフィンビリー鉄道が譲り受け、762mmゲージに改軌したもの。
気温が上がり空気が乾燥して、山火事防止のために Total Fire Ban(火気使用厳禁)が発令されると蒸気機関車の使用は中止され、ディーゼル機関車牽引でレイクサイドまで1日3往復の特別ダイヤに変更されるのだとか。
▲ ディーゼル機関車も待機中
機関庫の中には次の蒸気機関車がスタンバイしているのか、煙突から煙が上がっています。ディーゼル機関車が移動した後に、こんな車両が出現。
▲ 変わった車両が待機
8両編成うち、中間の6両は下降式の窓の付いた2個所のドア以外には窓ガラスのない客車。雨の時は巻き上げてあるシートを降ろすのでしょう。6両目の進行右側の座席を確保。乗客が乗り込むと、平日とはいえほぼ満席に。先頭に蒸気機関車が連結され、腕木式信号機が下がります。
▲ 先頭に蒸気機関車を連結
このパッフィンビリー鉄道の窓ガラスのない客車は、乗客が窓枠に腰をかけ、手すりにつかまって両足を車外に投げ出しながら走る姿がテレビでも紹介されていたけど、この乗り方が禁止になったのか、窓の下にこんなシールが。パンフレットにも、“Do not hang legs outside of carriage”と明記。
▲ 窓枠や手すりに乗らないで
あとでネットで調べてみると、乗車の10ヶ月ほど前の2018年に踏切事故があってから、窓乗りは禁止されたのだとか。
ベルグレーヴを発車して数分後、一番の見所の木造橋、モンブルク・クリーク・トレッスル橋を通過。ここで窓枠から足を投げ出した乗客の写真が撮れると思っていたのですが。
▲ モンブルク・クリーク・トレッスル橋
木造橋は道路もオーバークロス。
▲ 道路と立体交差
振り返ると、クルマを停めて列車を撮影していた人の姿があるけど、日本だったら線路の周辺は大変なことになっているでしょうね。一応、禁止事項の看板はあります。
▲ 橋を振り返って見た
列車はユーカリの森の中を力走。途中で小さな駅らしきところを通過したので、パンフレットの時刻表に掲載された駅以外はリクエストストップなのかもしれません。
▲ 多雨林の中を行く
ベルグレイヴから23分で最初の停車駅、メンジーズクリークに到着。ここまでが1962年に、保存鉄道として最初に運行が再開された区間。数人が乗車するけど、この駅までの切符を売ってくれなかったので下車する乗客はいません。
パッフィンビリー鉄道に乗車してから14ヶ月後の2020年に、この駅に隣接して、一時期閉鎖されていた鉄道博物館がオープンしたそうです。もう少し再開が早ければ見学できたのに、残念。
▲ メンジーズクリークに到着
発車時刻になっても動かないので、前方を見ると機関士が何やら点検中。
▲ 何やら点検中
特段の問題はなかったのか、少し遅れて発車。丘陵地帯を行きます。
▲ 丘陵地帯を行く
また小さな駅を通過して、エメラルドに停車。1965年にメンジーズクリークからここまで運行を再開。
ベビーカーを押した家族連れが乗車。この駅までは、クルマで来たのでしょうか。
▲ エメラルド駅で家族が乗車
最後尾の車両から、車掌さんが安全を確認して発車の合図。
▲ 最後尾に車掌さん
風景が開けてきました。
▲ 風景が開けてきた
途中2個所の小さな駅を通過。
▲ カーブを行く列車
ベルグレーヴから55分のところを5分ほど遅れて、ホームが1面2線のレイクサイド駅2番線に到着。パッフィンビリー鉄道の運行が、ここまで再開したのは1975年。この先ジェムブルックまで、全線の再開は1991年だとか。
▲ レイクサイドに到着
この列車はジェムブルックまで行くけれど、ここで1時間の停車時間があるので、乗客全員が下車。皆さんは、湖まで行くのでしょう。
▲ 乗客は全員下車
帰りの列車まで50分。機関車の入れ替えが始まったので、駅の構内で過ごすことに。
▲ 機回り中
切り離された機関車は、空いている1番線を通って機回り。給水設備の前で止まったが、使いません。ホームの端にあるのは、腕木式信号機の操作レバーでしょうか。駅員が来て、電話機の入った箱もふたを開けています。
▲ ホームの端で待機
列車の後追いで、今朝ベルグレーブで待機していた小さなクルマが到着。正面にファイヤーパトロールと掲げています。蒸気機関車が通ったあと、火の粉で発火しないか監視してきたのでしょう。
▲ ファイヤーパトロールが到着
荷台に積載した水タンクとホースは、初期消火に対応するのでしょう。
▲ ファイヤーパトロールも一休み
ファイヤーパトロールは、このままジェムブルックまで列車に付いていくのでしょうか。
▲ 列車の後方で待機
機関助士が降りて手動でポイントを転換。2番線に入線し、ファイヤーパトロールの後ろで停車。
▲ 機関車が転線
パッフィンビリー鉄道の7A号機は、ビクトリア州鉄道から引き継いだ6両のNA型のうちの1両で、1962年の運行再開時に整備されて最初の列車を牽引した機関車。Nはナローゲージ、Aは最初の型式らしい。既に失われた1Aと2Aは1898年、米国ボールドウイン製の輸入機。3A以降はこれをモデルに、1900年から1915年にビクトリア州鉄道のニューポート工場で17両製造。静態保存の3Aを除く、6A、7A、8A、12A、14Aの5両が100歳を超えた今も主力機として活躍。先頭部にカウキャッチャーを付けた米国型で、軸配置1C1のタンク機。客車を8両から10両牽引。
▲ NA型7A号機
7A号機のキャブの内部。
▲ 7A号機のキャブ
キャブの側面に取り付けたメーカープレート。7A号機はヴィクトリア州鉄道ニューポート工場、1905年製。
▲ 7A号機のメーカープレート
べルグレーヴからレイクサイド往復の、パッフィンビリー鉄道に乗車の様子を動画でご覧ください。
▲ パッフィンビリー鉄道に乗車の動画